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2020-04-20 たんたんタヌキの……♪

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由緒あるざれ歌

音量注意:音の出るコンテンツがあります。

外出自粛で、家の中で鬱々と過ごしがちな昨今、何か楽しい話題を提供できないかと、くだらない記事を真面目に書いてしまいました。

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ロバート・ローリー作曲 At the river(部分)
(「たんたんタヌキ」元歌)

おそらく2004年頃から、私はインターネットラジオで海外のクラシック専門局をよく聞いていました。

ある時ラジオをつけたままうたた寝している時に、なにか聞き覚えのある曲が流れてきました。寝ぼけた頭のまま「たんたんタヌキ♪」と気づいた私は反射的に、まさに「ガバッと飛び起きて」すぐにラジオ局サイトのタイムテーブルで、曲名を検索しました。

  • アメリカの作曲家アーロン・コープランド(1900-1990)編曲の
    Old American Songs」の第2巻(1952年)第4曲目。
  • 原曲はバプテスト教会の賛美歌「At the river」で、1864年ロバート・ローリー(1826-1899)の作曲。

この曲が「たんたんタヌキ」の元歌でした。「Old American Songs」はアメリカで古くから親しまれた歌を、バリトンとオーケストラ用に編曲した曲で、5曲ずつの曲集が2巻あります(冒頭のプレーヤーの演奏は、私が飛び起きたときのものと同じです)。

長年ぼんやりと抱いていた疑問に答えが出ました。しかしこんなに生真面目で、荘厳な曲が、たんたんタヌキに変わっていたとは。

歌詞は「神の御座の、美しい川のほとりで、また会いましょう」という内容で、天国での再会を語り、葬儀でも使われる曲だそうです。

曲名は「Shall we gather at the river」「At the river」「まもなくかなたの」などありますが、ここでは「At the river」で統一します。

私は「たんたんタヌキ」について、この歌の出所はどこだろうと何気なく思っていましたが、外国の歌だとは想像していませんでした。

映画「駅馬車」のたんたんタヌキ

映画「駅馬車」1939年

同時に、もう一つの淡い疑問が氷解しました。

ジョン・ウェイン主演の西部劇映画「駅馬車」(1939年)の中で「たんたんタヌキ」が出てきたのを「まさか日本の俗謡がこんなところで」と、「聞き間違い」にしていたのを思いだし、その意味するところも察したのでした。

映画の冒頭では、駅馬車に乗り合わせる人々のそれぞれのいきさつが描かれます。街の娼婦ダラスは、「街から娼婦を追い出したい」女性たちに付きまとわれながら、馬車に乗るまでを監視されています。

折りから家賃不払いで追い出された、アルコール中毒の医者ブーンとともに馬車に向かう間、たんたんタヌキが行進曲風に流れます。本来生真面目な音楽を、ふざけたように演奏して、二人の後に続く「生真面目な」女性グループを茶化しています。

そう気がつくと、街の娼婦がたんたんタヌキの歌をバックに追い出される組み合わせに、私は別のおかしみを覚えてしまいます。このおかしみを共有できるのは、「たんたんタヌキ」の歌詞を知っている日本人だけでしょう。

映画「駅馬車」開始5分頃より 説明字幕はかうひい屋

あえてコーヒーに関係のある話題を探せば、後半で、酔っ払い医師ブーンは、緊急の出産に立ち会うために、コーヒーをがぶ飲みして正気に戻ります。

たんたんタヌキの由緒 明治初頭

安田寛著『唱歌と十字架 明治音楽事始め』

そんなことをお客様に話していたところ、「かうひい屋さんが興味がありそうな本が、図書館で除籍になっていましたよ」と、安田寛著『唱歌と十字架 明治音楽事始め』音楽之友社をいただきました。

その本では、冒頭で「庭の千草」や「埴生の宿」など、明治時代の初頭にキリスト教の聖歌として日本に流入した西洋の歌が、庶民の中に受容されていく過程がつぶさに研究され、推理小説風に語られていました。

そして「At the river(たんたんタヌキ)」は最初に流入した、数曲のうちの一曲でした。たんたんタヌキもなかなか由緒ある曲だったのです。

「唱歌と十字架………」は日本語版Wikipediaの「まもなくかなたの(At the river)」の項の参考書籍として唯一あげられている貴重な本でしたが、図書館で除籍になるのが不思議なくらいでした。

「あなおもしろ」明治24年

賛美歌としては明治の初頭から「流水天にあり」として紹介され、昭和に入って「まもなくかなたの」と訳が変わっていますが、それ以前、1891(明治24)年には「あなおもしろ」として「国民唱歌集」(小山作之助編)におさめられています。「あなおもしろ」では、曲調も、歌詞の内容も、賛美歌の世界から遠くなっています。

原曲の混声4部編曲と、
「国民唱歌集」明治24年より「あなおもしろし」
原曲と『国民唱歌集』

※ 二つの楽譜の入手先は下記「ご参考」より。

「あなおもしろ」では、少年向けに「文武両道に励め」という内容で、原曲が四分音符のところでも、付点四分音符に変えられ、スキップし、飛び跳ねるような印象が強くなっています。さらに「爽快ニ」と指示があり、おごそかな聖歌が「たんたんタヌキ♪」に変化する要素が芽生えているように思えます。

たばこ屋の娘 昭和12年

ところで、日本語のWikipedia「まもなくかなたの(At the river)」の解説では、たんたんタヌキの冒頭と同じ旋律で、1937(昭和12)年に日本でヒットした「たばこ屋の娘」に言及があります。

youtube 煙草屋の娘(岸井明・平井英子)(佐川ミツオ・渡辺マリ)~ZENZI

そして、たんたんタヌキは、 「賛美歌『まもなくかなたの』の冒頭部分のメロディーが同じであることから、この賛美歌の替え歌と勘違いした記述があるが、『タバコやの娘』の替え歌である。(要出典)」 とわざわざ特記していますが、別の人が「(要出典)」と疑問を投げかけています。私も、疑問に思います。

引用範囲が違う

上記の二つの原曲の楽譜を見れば、「たんたんタヌキ」も「たばこ屋の娘」も別々のところを引用していることが分かります。

  • 「たばこ屋の娘」は、1段目前半と2段目の前半を引用していますが(ブルーの線)、おそらく専門家が原曲を踏まえて、引用しているのではないかと思われます。
  • 「たんたんタヌキ」の方は、「口伝」の世界だけあって、様々な歌われ方があり、短いバージョンは
    1段目の前半(たんたんタヌキの……わぁ)と
    2段目の後半(風に吹かれてぶーらぶら)を
    つなげて繰り返すことが多いようですが、「たばこ屋の娘」には2段目の後半は引用されていません。長いバージョンでは、やはり「たばこ屋の娘」にはない、3段目(合唱)以降からも広く引用しています。(ピンクの線)

ここで見る限り、二つの曲の引用部分が重なるのは、1段目の前半だけということになります。

2曲とも独自の出自

結論として、「たばこ屋の娘」にない部分を「たんたんタヌキ」が引用していたり、また逆もありというわけで、 元歌からの引用範囲が異なることから、どちらも、「あなおもしろ」か、賛美歌「流水天にあり」を原典として独自に作られ、どちらかが一方の替え歌といった主従(?)関係はない ように思います。

あえてどちらが先かといえば、「あなおもしろ」が少年向けの歌詞で出版されて、46年後に「たばこ屋の娘」ですから、その間に「たんたんタヌキ」が発生したとみる方が自然ではないかと考えます。

「あなおもしろ」が収録された「国民唱歌集」がどれほど広く歌われたのか、影響力を示す記録はありませんが、編者の小山作之助は当時、日本で唯一の官立音楽専門学校「東京音楽学校」(後の東京芸大)で助教(数年後に教授)の立場にあって、権威があり、広がりもあったのではないかと想像できます。

※ ちなみに小山作之助は「卯の花の匂う垣根に…………」で知られる「夏は来ぬ」の作曲者です。

風もないのに、風に吹かれて、どっち?

金の提げ時計
金の提げ時計

最後に、以下に自信はありませんが、
「たんたんタヌキの金時計♪」という歌詞は、聞いたことがあります。金時計なら風もないのにゆらゆら揺れるイメージはあります。昔のことですから、金時計とは金の提げ時計(くさり付き)のことです。くさりの端を持って持ち上げると「風もないのに揺れる……」ことになります。

最初の「作詞者」は、わいせつな部分は少しごまかして、「金時計」にしたのではないでしょうか。歌い継がれるうちに誰かが「金○○わぁ♪」と言い出してからは、「風もないのに」は矛盾が生じて「風に吹かれて」となったのではないかと思います。

別の話では、学校の先生のあだ名がタヌキだったので、名指しを避けたとか……。


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英語のWikipediaでは「At the river」の項で、日本の「たんたんタヌキ」にも言及があります。英訳された「たんたんタヌキ」をさらに日本語に自動翻訳してみると たんたん狸の○○は、
 風はありませんが、
  スイングスイングスイング…………
なにか、楽しくなりませんか?。






音楽:At the river (冒頭の歌)
演奏:Thomas Hampson, Bariton; Saint Paul Chamber Orchestra: 指揮:Hugh Wolff
Old American Songs(英語)
アーロン・コープランド
At the river(英語)
Robert Lowry(英語)
まもなくかなたの
At the riber 日本語解説
youtube 映画「駅馬車」
題名が「悪魔の城」となっていますが、中身は駅馬車です。
At the river の楽譜の入手
IMSLPの Chapel_Melodies_(Various)よりPDFでダウンロード、22ページ。
国民唱歌集(明治24年) 楽譜の入手
国立国会図書館所蔵・16ページ 「あなおもしろ」
小山作之助
「国民唱歌集」編者 「夏は来ぬ」作曲者
鈴木静一 「たばこ屋の娘」の作詞・作曲者
文中「おそらく専門家が原曲を踏まえて、引用……」と書きましたが、黒澤明監督「三四郎」の音楽を手がけるなど、まさしく「専門家」でした。
提げ時計の画像(京都の質店)